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福岡地方裁判所 昭和45年(むの4)33号 決定 1970年6月20日

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

一本件申立の趣旨及び理由は、別紙準抗告申立書記載の通りであるから、これをここに引用する。

二本件記録によれば、被疑者が勾留請求書記載の罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由が認められる。

そこで検察官主張の刑事訴訟法六〇条一項各号所定の事由の有無につき判断する。

被疑者は本件被疑事実について現行犯として逮捕されたものであるが、右逮捕当時から警察官及び検察官の取調べに対し被疑事実について全く供述を拒否しているほか、その氏名、年令、住居及び職業等についても全面的に黙秘していることが認められ、本件記録を精査しても原裁判の段階においてこれらを認めるに足る資料はない。しかしながら、被疑者の実姉山口藤子(北九州市門司区葛葉二丁目九番一六号に居住)の身柄引受書、右に被疑者の勤務先として記載のある有限会社秀電舎(同区錦町七丁目所在)宛の電話照会の結果、門司警察署警備課長からの電話聴取書によれば、被疑者は同区白木崎八丁目に居住する石井孫一(二三・四才位)であつて前記秀電舎に勤務する者であることを認めるに難くない。そして、右によれば同人は上記場所に両親とともに居住し、中学校卒業後約八年間にわたつて同会社に勤務し、同社では電気工事関係の重要な仕事を担当している者であることが窺われる。また、被疑者についてはその弁護人となろうとする弁護士河野善一郎ほか二名連名の身柄引受書のほか前記のとおり実姉山口藤子も身柄引受書を提出している。これらによれば、現在では被疑者の住居はほぼ明らかであるから前記条項一号に該当しないというべく、また右のような身分、職業関係、引受状況等からみて逃亡のおそれもないというべきである。

次に罪証隠滅のおそれの有無について検討するに、被疑者が事実関係につき供述を拒否していることは前記のとおりであるが、本件は職務に従事中の警察官一名に対し平手や手拳で殴打したことによる公務執行妨害被疑事件であつて、客観的事実自体は比較的単純なものと認められる上、被疑者は当の相手方たる警察官によつて、その場で現行犯逮捕されたものであり、警察官二名の被害状況、目撃状況についての明白な供述があり、また犯行前後の状況につき写真撮影もなされ、被疑者の行動に関する限り採証は概ね確実に尽されていることが認められる。したがつて、被疑者が引き続き事実を黙秘するか否かは別とし、少くとも関係人と通謀し或いは圧力を加えるなどして罪証を隠滅するおそれは殆んどないと認められる。

三してみると、本件において刑事訴訟法六〇条一項各号に該当する事由なしとして勾留請求を却下した原裁判は結局相当であり、本件準抗告の申立は理由がないことに帰する。

よつて刑事訴訟法四三二条、四二六条一項により本件準抗告の申立を棄却することとし、主文のとおり決定する。(砂山一郎 石井恒 田川雄三)

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